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花輪線 十和田南駅
1920年7月 秋田鉄道の毛馬内駅として開業 1957年6月 十和田南駅に改称。 2012年1月9日撮影 この駅を見た瞬間 男はつらいよ の寅さんが今にも出てくるのではないかと思ってしまった。 それほど昔の風情を保っている駅は今や数少ないのである。 この駅は全線スイッチバックで出発していくのだが、これは秋田鉄道時代 1922年に交付された改正鉄道敷設法の中の「予定線」として、その内容が記されている。 「青森県三戸ヨリ秋田県毛馬内ヲ経テ花輪ニ至ル鉄道」 この一文でわかるとおり、三戸に接続される予定であったのだ。しかし、その計画は秋田鉄道が 買収され国有化されるにあたり幻となり、その幻影がスイッチバックの駅という形で残されてしまった。 折角隣駅から毛馬内と言う駅名を略奪したにもかかわらず十和田南と改称したのは観光目的なのだろうか。 しかし、十和田湖に近いかと言えばかなりの距離があるわけで車社会となった今日、この駅の役目も 以前とはかなり違ったものになっているのであろう。 いずれ、平均利用客数が300人も行かない駅に委託とはいえ駅員配置せざる得ないスイッチバックも 合理化の名の下、ただの通過駅に改造されてしまうのかもしれない。 数年後に再訪した時に簡易待合所になっていないことを祈るのみである。 当初民鉄として開業したこの駅は、国鉄とはまた違った駅舎の趣がありこのままの姿で存続して欲しいと思う。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() +++ いつも応援ありがとうございます +++ +++ よかったらクリックお願いします +++ にほんブログ村
花輪線 末広駅
2012年1月9日撮影 1915年12月 秋田鉄道の毛馬内駅として開業 1920年5月末広駅に改称 秋田鉄道時代この駅が出来てから5年間終着駅であった。 1920年現十和田南駅まで開通すると毛馬内の名称を現十和田南に明け渡し末広駅と改称した。 もっとも末広地区内にあるので背伸びした名前を返上したと言ったところであろうか。 しかし、国有化された後、毛馬内と言う名称も十和田南駅と改称されてしまい最終的には毛馬内駅と 言う名称は消滅してしまったのは何故だろうか。 話を戻し、末広駅であるが、当初終着駅であったことから現在は棒線となっているが島式ホームであることから 以前は島式1面2線であったのだろう。もしかしたら数本の引込み線もあったのかもしれない。 数年前に以前の駅舎はプレハブの待合室になってしまったのだが、ホームには往時を偲ばせる 廃線路で出来た上屋が残っている。この上屋も恐らく当時はもっと長かったと思われるが、現在は 切り詰められささやかに残っているのみだ。 旧街道から駅に繋がる道路は立派であり当時はさぞかし貨物も旅客も多かったのだろう しかし今は、バイパスが出来旧街道も現役を引退し現在は隠居生活を送っているように思えた。 街道だけではなく、街自体が隠居生活を送っているのかもしれない。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() +++ いつも応援ありがとうございます +++ +++ よかったらクリックお願いします +++ にほんブログ村
花輪線 土深井駅
1915年12月秋田鉄道の尾去沢駅として開業 1942年4月 土深井駅に改称 元は駅名と地名が異なる特殊な駅であった。 尾去沢はこの駅から南東に幾つかの山を越えねばならず、地理的には鹿角花輪駅(旧陸中花輪駅)が最寄り駅になる。 しかし尾去沢駅は秋田鉄道が敷設した駅であり、鹿角花輪駅は鉄道省が敷設した駅こともあり時間的な 時差からこのような結果になったのかと思ったが、陸中花輪駅の開業が1923年であることから陸中花輪駅開業後19年間も尾去沢を名乗ったことになる。何故尾去沢を名乗ったのであろう? 歴史を紐解くと 当初、岡田鉱山(尾去沢鉱山)から下請けとして佐藤運送店が馬と船を使って産出物を運搬していた。 1915年現在の土深井駅が開通したことにより尾去沢鉱山から軌道を敷設し馬車での輸送に切り替えた。 その後1931年花輪線全通に伴い陸中花輪駅(現在の鹿角花輪駅)までトラック輸送に変更した。 このような歴史から土深井集落に尾去沢という駅名が出来たようである。 恐らく、想像ではあるが、尾去沢鉱山のメインゲートは土深井集落であったのだろう。 当初、尾去沢鉱山に一番近い駅が現土深井駅であり、鉱山関係者は盛岡経由で鉱山に入るのでは無く大館経由で入っていたのではないか、そのため現土深井駅が鉱山との玄関口の機能を果たしそれなりの賑わいを経たのではないだろうか。 この広大なまでの無駄な空間には引込み線があったのであろう。 今は島式のホームの残骸が、昔は2線あったんだよ と語るのみである。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() +++ いつも応援ありがとうございます +++ +++ よかったらクリックお願いします +++ にほんブログ村
津軽線 後潟駅
1951年12月開業 2011年9月17日撮影 少し前までは農協が簡易委託していたが今では無人駅になってしまった。 交換設備も外されてしまったがそれも過去の話だ。 後潟という駅名は旧後潟村の中心駅であったことから命名されたのであろう。 潟と言うからには嘗て海岸近くに沼か湖のようなものがあったのだろうな。 駅には横取り装置があり、保線用の車輛が保管されているようだ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() +++ いつも応援ありがとうございます +++ +++ よかったらクリックお願いします +++ にほんブログ村
津軽線 中沢駅
1959年11月開業 2011年9月17日撮影 海峡線開通で大規模な改装が行われた。 単式ホーム1線と島式ホーム2線を有する大規模な無人駅だ。 この駅は寝台列車も待ち合わせ停車を行うことから、この近辺は撮影に向いているかもしれないな。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() +++ いつも応援ありがとうございます +++ +++ よかったらクリックお願いします +++ にほんブログ村
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